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べーシック人事・HRブログ

株式会社ベーシックの人事部ブログです

なぜ私はアウトプットすることに抵抗があったのか

キャリア・スキル
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こんにちは!ベーシックの新卒採用担当をしている浅野麻妃(29歳、エジプト好き)です。

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今回は『アウトプット(発信)する』ということにフォーカスして書いてみます。

 

アウトプットの形は様々ありますが、何らかの手段(直接、ブログ、SNS、書籍など)で自分の考えや思いをあらわすことです。

 

弊社ベーシックの行動指針の中に、『インプット&アウトプット』という項目があります。

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クレド | 株式会社ベーシック

 

このブログも、まさにアウトプットを増やす!という志のもと行っています。

自分自身、言語化することはあまり得意だと思っていなかったのもあり、今でも四苦八苦しながら書いていますσ^_^;

 

それでも、アウトプットすることを意識するようになると、頭の中で何となく理解していたことも言語化という過程を通して整理され、ぼんやりしていた輪郭がはっきりしてきます。

逆に理解していたつもりだったことが、実はちゃんとわかっていなかった、なんてことも発見できます。

 

言語化の有用性については、弊社代表も書いているのでそちらをぜひ!

forward.basicinc.jp

 

とはいえ、おそらく大半の人にとってインプットすることより、アウトプットすることの方がハードルが高いと感じるのではないでしょうか?

 

その理由は、下記の大きく二つに分かれるのではないかと思っています。

 

1)アウトプットすることに、精神的に抵抗がある(マインド)

2)アウトプットする上でのポイントがわからない(テクニック)

 

今回は、この1)のアウトプットすることに対する抵抗感について書きたいと思います。

 

なぜ、アウトプットすることに抵抗感があるのか?

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私も元々、自分の意見をはっきり表現する方ではありませんでした。

当時は無意識でしたが、おそらくその根底には「恐れ」があったと思います。

 

「自分の意見が、相手を傷つけるのでは」という恐れと、

「自分の意見を発信することで、それを否定されるのでは」という恐れです。

特に後者の恐れが強かったと思います。

 

そんな私に転機が訪れたのは、大学3年時のアメリカ留学の時でした。

アメリカ滞在時、日本にいた時とは比べものにならないくらい、繰り返しされた質問があります。

それは、「あなたはどう思う?」です。

 

これは授業に限らず、友達とのコミュニケーションの中でも何度も繰り返し使われました。

政治や宗教観など、普通でも少し憚れられるようなトピックでも、みんな臆せず自分の考えをアウトプットしていました。

当時、大統領選挙が近かったのもあり、キャンパスはその話題で大いに盛り上がっていたのですが、あちらこちらで「あなたはオバマ派?マケイン派?」という会話が繰り広げられていて、「私は絶対にオバマに入れるわ!」など、自分の意見をみんなはっきりと伝えていたことが印象的でした。

 

小さい頃から自分の考えを伝えることを自然と訓練されてきた彼らは、ためらいも恥ずかしげもなくみんな堂々と自分の意見を言います。

その姿に強くインスパイアされたと同時に、「あなたはどう思う?」と自分が聞かれた時に、ほとんどの場合言葉に詰まってしまったことが、「なぜ彼らみたいに意見を言えないんだろう?」と考えるきっかけになりました。

 

もちろん言語的な(英語が母国語じゃない)ハードルはあったものの、そもそも日本語でも言えないと思ったので、言葉が出てこない理由は明確に違うところにあると考えました。

 

意見の否定と存在の否定は同じではない

私は最初、「彼らは嫌われることや、批判されることを恐れていない人たちなんじゃないかな」と考えていました。

でもより注意深く観察していると、彼らはそもそものところで「自分たちは一人一人違う人間である」ということをちゃんと理解していて、かつそのこと自体をリスペクトしている、というアイデアが根底にあることがわかりました。(これにはアメリカが多民族国家で、日本が単一民族国家であるということが深く関係していると思いますが、大きく脱線しそうなのでここでは詳しく書きません。)

 

この、「リスペクトしている」というマインドセットがとても重要で、意見に賛同したり反対したりする以前に、アティチュード(態度)として相手をリスペクトすることです。

ここでのリスペクトとは、「尊敬する」というよりも、「尊重」「肯定」というニュアンスに近いです。

 

なので以前の自分は、発信した意見に対する批判をそのままストレートに「自分という存在に対する否定」だと受け止めてしまっていたのだなと気づきました。

逆もまた然りで、相手の意見に対して、「それは違うと思う」と伝えることは、どこかで「その人自身への批判になってしまうこと」だと錯覚していました。

 

実際はそうではなく、その人自身の存在を肯定していることが大前提にあり、その人のアウトプットに対する賛成や反対は、その存在肯定という姿勢には何の影響も及ぼさない、ということが、当時の私には大きな大きな発見でした。

図に表すとこんな感じ。

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存在肯定が前提にある上での同意や反対だというスタンスでいると、アウトプットすることへの抵抗感はずっと小さくなりました。

 

相手への肯定は、自己肯定にもつながる

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そう気付いてから、自分の意見に対する反対をもらうことも、相手の意見に反対しているということをアウトプットをすることも、自然とできるようになりました。

もちろん自分が相手の存在を肯定していても、相手が自分に対して同じ姿勢を持ってくれるかというのは別問題です。しかし、そこはそもそも自分が踏みこめる領域ではないので、あくまで自分のマインドセットを変えることにフォーカスした話となります。

 

肯定的な姿勢でいることは、仕事をする上でも非常に大切だなと感じます。

前職で塾の先生だった頃は生徒、そして今は後輩へと対象は変わりましたが、変わらずに私が心がけている姿勢は「相手の存在を肯定すること」です。

会社は、何かの目的を達成するために集まっている集団なので、そのための意見の否定や指摘などは必要なことですし、実際に日々行われながら改善がなされていきます。

その時に存在の肯定と意見への否定とをしっかり分けることができれば、そのアウトプットをもらう方も受けとめやすいはずです。

 

他人は自分の鏡、とはよく言いますが、他人に対する姿勢は、イコール自分に対する姿勢なのだと思います。

人の存在に対しての肯定感は、自分という存在に対する肯定感も同時に育むということです。

相手への肯定感、そして自身への肯定感が高まれば、アウトプットすることに対する恐れも小さくなると感じています。

 

おわりに

もちろん今も完全に恐れや躊躇がないと言えば嘘になると思いますが、それでも「意見の否定と存在の否定は同じではない」という気づきが、私のその後に大きな変化をもたらしてくれました。

アウトプットの重要性を感じていつつも、心理的な要因がそれを妨げているなと感じている人に取って、何かのヒントになれば幸いです^^

次回は、アウトプットシリーズその2、アウトプットする上でのポイント(テクニック編)を書きたいと思いますのでお楽しみに!